ブラームス:ハイドンの主題による変奏曲 Op.56a

 変奏曲。「主題に続いてその旋律・和声・リズム・性格などをさまざまな方法で変化させた幾段かを接続して構成した楽曲。独立した楽曲の場合と、ソナタ・交響曲などの一つの楽章をなす場合とがある。(広辞苑 第5版)」
変奏は、最も基本的な作曲技法の一つだが、きわめて奥が深い。「作曲は変奏に始まり変奏に終わる」という言葉があるのかどうか知らないが、あながちウソで はあるまい。一つの主題から、いかに多彩な変化を導き、いかに拡がりと奥行きのある世界を紡ぎ出せるか。バッハの「ゴルトベルク変奏曲」やベートーヴェン の「ディアベリ変奏曲」をはじめ、大作曲家の最大の挑戦が、そこにはある。

 ブラームスも、変奏曲を好んで作曲しており、ピアノのための「シューマンの主題による変奏曲」、「ヘンデルの主題による変奏曲とフーガ」、「パガニーニ の主題による変奏曲」などが知られている。いずれも、他の作曲家の主題を生かしつつ、そこから展開される世界は紛れもなくブラームスのもの。それはこの 「ハイドンの主題による変奏曲」も同じだ。

 「ハイドンの主題」は、管楽ディベルティメントHob.II.46(今でも木管五重奏などの形でよく演奏されるが、偽作という説もある)の第2楽章に由来する。「コラール 聖アントーニ」と記され、元は古い賛美歌ではないかともいわれている。
 主題は、穏やかで古典的な風格を感じさせる。5+5小節(前半)、8+8+3小節(後半)という、フレーズ構造の「字余り」感が独特。後半に入ってからの和声の翳り、最後に繰り返し鳴らされるB(変ロ)音の鐘のような効果が、印象深い。
 変奏は8つ。第一変奏の冒頭から既に、ブラームスのファンタジーが拡がっていく。主題の骨格は何らかの形で維持されているものの、変奏を経るにつれ、テンポの緩急、拍子の変化、長調と短調との移ろいなど、聴く者を飽きさせない。
 幽霊のように早足で通り過ぎる第八変奏の後、静かに始まる終曲。低音楽器に現れる5小節の主題が18回も繰り返され、その上に多彩な変奏が展開される。 第4交響曲の第4楽章と同じパッサカリアの形式。最後に至って「聖アントーニのコラール」が徐々に全貌を明らかにしていき、全曲に統一感を与えている。

(なお、この曲には、2台ピアノのための版(作品56b)もある。オケ版(作品56a)とほぼ同一の曲だが、どちらがどちらの編曲という訳でもないらし い。それぞれ、違う世界が聞こえてくるのが不思議。この曲がお好きな方は、是非一度、2台ピアノ版の方も聴いてみてください。)

 

ブラームス:ドイツレクイエム 

『ドイツ・レクイエム』である。<ブラームス・チクルス>シリーズを始めた時から、「いつかはやりたい」と思い続けて来た曲である。その数年来の念願が、 ここに第20回記念演奏会という「時」と、新進気鋭の指揮者・ソリストそして経験豊かな合唱団という「人」を得て、めでたく実現のはこびとなった。御協力 頂いた関係者各位、あたたかいお志をお寄せ下さった方々、そして本日ご来場頂いた皆様に報いることができるよう、団員一同全力を尽くす所存である。ご照覧 頂きたい。

■沿革と音楽性 『ドイツ・レクイエム』は、ブラームスがまだ20代の前半の頃から作り始められながら、35才の時にようやく完成し発表された作品である。完璧主義者の傾向が強かったブラームスには、構想から完成までに何年も要した曲が少なくないが、これはその典型的な例だ。
 ブラームスにレクイエムを作らせたのは何か、については緒説あるが、恩師シューマンの悲劇的な死(1856年)に動機を得て構想し、敬愛する母の死 (1865年)を悼む思いに促されて完成をみた…と解釈するのが妥当な様だ。実際、曲の大部分は、1866年から1868年にかけて集中的に書かれてい る。
 この曲の成功によって、作曲家ブラームスの名声は決定的なものになった。ドイツでは今日なお、年に何回も演奏され、その度に満員の聴衆を集めるほど親しまれていると聞く。
 レクイエムを作るにあたって、ブラームスは通常のラテン語による鎮魂ミサのセットを用いず、ルターが訳したドイツ語の聖書の中から自分で言葉を選び詞を 編んだ。ブラームスが敬虔なプロテスタントだったためでもあろうが、かねてから死と生について深い思索を巡らしていた彼は、それを表現するにあたってお仕 着せのテクストでは到底満足できなかったのだと思う。
 こうして己の心に忠実に編んだテクストを、ブラームスは殊のほか大切に音楽にした。例えば聖書に頻出する言葉には、伝統的に(古文における枕詞のよう に)「この言葉にはこういう音形」という約束があるが、ブラームスはこれをふんだんに取り入れている。また、第3曲のフーガは一貫してバスの保続音(オル ゲンプンクト)に支えられているが、これはバロック音楽において確固たる信仰を象徴する表現技法である。
 このように古楽の様式によく則ってはいるものの、その音楽性には全く古びたところがなく、紛れもなくロマン派の音楽である。また旋律の傾向は、キリスト 教の宗教音楽としては異色であろう。たとえばフォーレのレクイエムがひたすらに「聖なるもの」への希求を歌い、終には天に昇ってしまうのに対し、この曲は あくまでじっと地に留まっている。特に象徴的な第2曲は、泥濘の中を重い荷を担いで一歩一歩進んでいるかのようですらある(私は初めて聴いた時、とりわけ この部分にしびれた)。
言うなれば、「神」ではなく「人」、「天国」ではなく「人の世」に主眼を置いて書かれた「レクイエム」なのである。それゆえか初演の頃には「信仰心が足り ない」との批判を受けたりもしたそうだが、なればこそこの曲は、キリスト教徒にとどまらずひろく「人間」を惹き付けてやまない。
 今回『ドイツ・レクイエム』を演奏するにあたり、私達は付け焼き刃ながら使われているテクストについても学んだ(音楽についてはもちろん?)。その成果 を活かし、ブラームスがテクストと音楽にこめた「思い」を、また私達がそれをどう理解し受け止めたかを、ご来場の皆様に感じとって頂ける演奏ができれば、 これに優る喜びはない。
■曲の構成について
 『ドイツ・レクイエム』は、以下の全7曲から成る。

第1曲 合唱 かなりゆっくりと、そして表情をつけて
    -ヘ長調、4分の4拍子
第2曲 合唱 ゆるやかに、行進曲風に
    -変ロ短調、4分の3拍子
第3曲 バリトン独唱を伴う合唱 アンダンテ・モデラート
    -ニ短調、2分の2拍子
第4曲 合唱 適当に運動的に
    -変ホ長調、4分の3拍子
第5曲 ソプラノ独唱を伴う合唱 ゆるやかに
    -ト長調、4分の4拍子
第6曲 バリトン独唱を伴う合唱 アンダンテ?ヴィヴァーチェ?アレグロ
    -ハ短調、4分の4拍子
第7曲 荘重に
    -ヘ長調、4分の4拍子

 第1曲と第7曲の対応がとりわけ顕著だが、各曲はテクストや音楽的な主題で相互に関連し、全体で-第1曲冒頭の希うような「幸い(Selig)」に始まり、第7曲結尾の噛み締めるような「幸い」で結ばれる-壮大なドラマを形作っている。
 前半1-3曲では遺された苦しみを歌い、慰めを希求する。これには第3曲コーダにおいて「ゆるぎなき信仰」という答えが示され、それを承けて第4、5曲 では安らぎが支配する(第5曲はいちばん最後に完成した曲だが、特に母の死を悼んで付け加えられたものと言われている)。
 第6曲で曲想は一転して再度「迷い、苦しみ→信仰の勝利」が歌われ、これまでのテーマを総括する。そして第7曲の、すべての悲しみや苦しみが昇華した、静謐な境地に至るのである。