ヴォーン=ウィリアムズ:タリスの主題による幻想曲

 T・タリス(1505~1585)、ダウランド、パーセル、とルネサンスからバロックにかけての隆盛のあと、イギリス作曲界には長い空白時代が訪れていた。
 その後エルガー(1857~1934)、ブリテン(1901~1976)の登場によって、イギリス音楽界は再度沸き返ることになるのだが、この二人のちょうど中間世代に位置するのがヴォーン=ウィリアムズ(1872~1958)である。
 「タリスの主題による幻想曲」は1901年にある音楽祭の為に書かれた弦楽合奏曲で、2つのオーケストラ・グループ(それぞれ別の場所に配置される)とソロ・カルテットの編成により演奏される。 ヴォーン・ウィリアムズは依然よりイギリス讃美歌集の編集を行っており、その中に含まれていたタリス作曲の讃美歌の一遍からこの曲のテーマを得たようだ。
 ノルマン様式の荘厳な協会をイメージした、と作曲家自身が語るように、全体を透明で敬虔な雰囲気が統一しており、主題の性格にもよるのかいくぶん中世的で素朴な香りを残している。
 曲は冒頭、「ハムレット」劇の亡霊の足音を思わせる低弦ピッツィカートによってタリスの主題を準備した後、"幻想曲"という標題が示すようにテーマを自由に展開していく。
 中間、ヴィオラ・ソロに始まるソロ・カルテットから次第に激しさを増していき(この辺の盛り上がりはまさに"悦楽"として取り上げる所以でもある)、三連符を伴う力強いクライマックスを経たあと、徐々に穏やかさを取り戻し、終結へと向かっていく。  ごく小さな編成からなる第二オーケストラは第一オーケストラのエコーの役割を果たしており、その呼応はあたかも聴衆が大聖堂の中にいるような錯覚を生み出すほどの音楽空間を作り出す。
 概してイギリス音楽はドイツ的な起承転結や、ラテン的な情熱に欠ける為、とらえどころがなく、一つ間違えば退屈さに転じる性質を持っている。だがしっかりと耳を傾ければ、この憂愁、静謐なロマンティシズムはほかにとって代えがたいものがある。 イギリスには他にもディーリアス、フィンジなど美しい曲を書いた作曲家が数多く存在する。 今回の演奏をきっかけとして多くの方にイギリス音楽への造詣を深めていただければ幸いである。