C. P. E. バッハ生誕300 年記念、ラモー没後250 年記念

ラモー/歌劇「ナイス」より序曲、シャコンヌ

ジャン=フィリップ・ラモー(1683-1764)はJ. S. バッハ(1685-1750)やヘンデル(1685-1759)と同時代に活躍した後期フランス・バロックの巨星である。1722年に音楽理論書として『和声論』を発表し、その2年後には「クラヴサン曲集」を発表して音楽理論家およびクラヴサン(チェンバロ)奏者としての地位を確立した。1733年、齢50にして初めて上演したオペラ「イポリートとアリシ」は大成功をおさめ、以後81歳で没するまでに実に30もの作品を発表し、フランス・バロック・オペラの黄金時代を築いた。
「ナイス」はその中では15番目の作品にあたり、1749年にパリで初演された。スコアに「平和のためのオペラ(opéra pour la paix)」と記されており、オーストリア継承戦争の終結を祝うための曲とされている。ラモーの得意とする悲劇とはまったく異なる「英雄牧歌劇(pastorale héroïque)」のスタイルで作曲されたこのオペラは非常に寓話的で、例えばプロローグでタイタンに勝利するジュピテルなどは、ルイ15世の象徴だといわれる。
さて、ラモーの魅力は何といっても「音遊びの楽しさ」にあるように思う。細かい音の一つ一つに意味があり、うまく鳴らせば、まるで楽器が、そしてオーケストラ全体が生き物であるかのような響きが生まれる(まさに音で「生き物」を表現するような効果のあるシーンも)。本日お届けする序曲とシャコンヌでも、弦楽器、オーボエ、トランペット…楽器ごとの特性と違いを効果的に用いた楽しい表現が随所にちりばめられているので、ぜひ、耳と集中力を研ぎ澄まして楽しんでいただきたい。
今年で没後250年という一つの記念年を迎えるラモー。日本での演奏機会はまだ決して多いとはいえないが、本日の演奏によってラモーの持つ優雅さ、コミカルさ、お茶目さ、様々な魅力を感じ取っていただけたら幸いである。
(Vn. G. Y.)

C.P.E.バッハ/管弦楽のための交響曲 ヘ長調

管弦楽のための交響曲(シンフォニア)ヘ長調Wq. 183/3(H. 665)は匿名のパトロンの依頼により1776 年に作曲され、1780 年に出版された作曲家後期の作品である。C. P. E. バッハの初期の頃の作品はイタリア様式の器楽曲が多い。また、作曲当初は弦楽器での合奏のために作曲され、後になってバッハ自身がトランペットやティンパニなどのパートを加えたものがある。パートの構成としては、ヴァイオリンはほとんどユニゾンで旋律を奏で、時にセカンド・ヴァイオリンが三度下の音でファースト・ヴァイオリンを支えるくらいであった。また、ヴィオラは通奏低音(チェロやコントラバスなどの低音声部)の旋律の1 オクターブ上を奏でる形で曲全体が作られていた。これに対し、後期の交響曲の特徴としては、上声部と内声部のそれぞれが独立したパートとして通奏低音に支えられる構成が多く、木管楽器のオブリガートパートも作曲時から曲に組み入れられている。これはバッハが、1770 年頃の新しい音楽様式の流行を取り入れたことを意味する。また、通奏低音のパートについては、後期の作品になるにつれて、旋律を支える単純な役割から、独立したパッセージを持つ声部へと変化していった。
シンフォニアWq.183/3 は、急-緩-急という構成を持つ、当時の北ドイツ地方でよく用いられた3 楽章の形式で書かれている。主題である旋律に、ヴァリエーションが加えられていく形で各楽章が展開されていく。第1 楽章は、弦楽器による力強いユニゾンで始まり、ヴァイオリンから通奏低音までが、走るように細かい16 分音符を奏でる。主要テーマは、ヴァイオリンや木管楽器による静かな旋律を間に挟みながら4 回繰り返される。どこかメランコリックな第2 楽章のラルゲットは、ヴィオラとチェロが互いに慰め合うようにメロディーを奏でることで始まり、それに他のパートが徐々に追従するように旋律が増えていく。楽章の最後はその憂いが漂い、それが解決しないまま第3 楽章の明るいプレストへ移り変わる。
第3 楽章においては、軽やかな旋律が始まるや否や、ダイナミックに2 つ目のテーマが登場する。転調やヴァリエーションを加えながら、最後は力強いユニゾンで幕を閉じる。
Wq. 183 として知られる4 つの交響曲は、バッハの死後、19 世紀から20 世紀にかけていく度も復刻版が出版されている。そしてこれらは、モーツァルトやハイドンによる作品を除き、18 世紀の交響曲としては珍しく、作曲家の生前から私たちが生きる現代まで広く演奏され続けている。
(Vn. N. S.)

C.P.E.バッハ/弦楽のためのシンフォニア ハ長調

--彼は独創的だ! 彼の作品すべてに、独創的という刻印が押されている(ヨハン・カスパル・ラファーター『観相学の断章』)
C. P. E. バッハの『自叙伝』(1773)には、最新作として「1773 年依頼に応えて6 つの四声のシンフォニアを作曲」との記載がある。これが「弦楽のためのシンフォニア」(Wq. 182, H. 657-662)であり、本日演奏するH. 659 はその第3 曲である。
依頼者のスヴィーテン男爵はバロック楽譜のコレクターであり、また自宅コンサートでこれらの音楽をモーツァルトら当時の音楽家に聴かせ、ウィーン楽友会を設立し、さらには自らも作曲するなど、多数の功績が現在でも知られるオーストリアのアマチュア音楽家である。本業は外交官であり、音楽にとどまらない多彩な教養は、貴族との交渉にも活かされていた。第1 次ポーランド分割(1772)交渉の成功後に作曲を依頼したと考えられる。
「何の制約もなしに、思いのたけ自由に」との要望通り、四声のシンプルな構成ながら、大胆なテーマ・新鮮な和声進行といったC. P. E. バッハらしい仕掛けが緻密に織り込まれている。バロック後の音楽の過渡期に現れた、時に過剰なほどの感情豊かな表現形式は、やがてハイドンやベートーヴェンらに受け継がれてゆくのである。
第 1 楽章:冒頭から強奏のユニゾンで独創的なテーマが奏でられ、その後も疾風怒濤のような旋律が続く。急に弱奏の旋律が一瞬現れたり、突然休止したりする。「ピアノでもハイテンション」(懸田氏談)。冒頭のテーマが再現されたかと思うと、休止なしに第2 楽章に突入する。
第 2 楽章:予想外の減七のドラマティックな和音の強奏から始まる。1 小節の弱奏をはさみ、さらに別の減七の和音が追い打ちをかける(ちなみに冒頭4 小節のバス声部はドイツ音名でB, A, C, H、「バッハのテーマ」である)。その後はヴァイオリンの二重奏とヴィオラの伴奏という三声構成で、半音階を用いた美しい旋律が奏でられる。所々で冒頭の減七の和音が現れ、そのたびに旋律は異なる変化を見せる。
第 3 楽章:ソナタ形式。弱奏と強奏が目まぐるしく入り乱れ、旋律ごとの対比を際立たせている。
(Cb. K.W.)

ハイドン/交響曲第 97 番 ハ長調

交響曲第97 番ハ長調は、フランツ・ヨーゼフ・ハイドンが1792 年に作曲した交響曲であり、いわゆる「ザロモン・セット」あるいは「ロンドン・セット」と呼ばれる交響曲群の一つに位置づけられる作品である。ハイドンは、彼の音楽家としてのキャリアの長年に渡り仕えてきたエステルハージ家のニコラウス(ミクローシュ)侯爵の死去後、当時ドイツで活躍した興行主であったヨハン・ペーター・ザロモンの招きにより、1791年から1792 年、および1794 年から1795 年にイギリスを訪問している。この折に作曲・初演された第93 番から第104 番の交響曲群が「ザロモン・セット」であり、本作品の他にも交響曲第94 番「驚愕」や第100 番「軍隊」、第104 番「ロンドン」など、現代においてもハイドンの交響曲の中で最も人気のある作品が並ぶ。これらの作品は当時の観客にも非常に熱狂的に受け入れられたという。
交響曲第97 番は、ザロモン・セットの中にあって上述の副題付きの作品と比較すると必ずしも演奏機会に恵まれているとはいえないが、いかにもハイドンらしい創意工夫に満ちた作品である。充実したオーケストレーションで安定感のある構成の中に随所にみられるユーモアと、特に終楽章のジェットコースターのようなスリリングな音楽はさすがであり、ハイドン好きの人にとってもそうでない人にとっても、非常に魅力的な作品である。
第1 楽章:Adagio – Vivace ハ長調 3/4 拍子 序奏付きソナタ形式。緩やかな序奏部の後に、強烈なユニゾンで楽章を貫くテーマが提示される。
第2 楽章:Adagio ma non troppo ヘ長調 4/4 拍子 変奏曲形式(主題と3 つの変奏とコーダ)。途中の変奏で、ヴァイオリンに対し当時としては珍しいal ponticello の指定を付している。
第3 楽章:Menuet. Allegretto ハ長調 3/4 拍子 3 部形式のメヌエット。
第4 楽章:Finale. Presto assai ハ長調 2/4 拍子 ロンド・ソナタ形式。
(Hr. K.S.)

<インタビュー> ゲスト・リーダーの懸田貴嗣さんに聞きました

--今回のプログラムは、ブルーメンにとって新たな領域への挑戦となりますが、意義についてお伺いさせてください。
例えばベートーヴェンを演奏するときに、ベートーヴェンの語法が何なのかということを体系的に知る機会ってなかなかないと思うんです。それを知るためにはその前の時代の音楽を知ることが必要であって、そういう意味で例えばC. P. E. バッハとハイドンというのはベートーヴェンの音楽に非常に大きな影響を及ぼした作曲家ですし、ラモーもC. P. E. バッハもハイドンもそれぞれ独立した作曲家として18世紀においてきわめて重要な作曲家なので、それをきちんと一緒に取り上げるのは、18世紀後半から19世紀前半にかけてのオーケストラの語法を身につける上ですごく大事なことだと思います。
--作曲家の「縦のつながり」を意識したプログラム構成となりましたが、時代を越えた作曲家の関係についてもう少し聞かせていただけますか。
ハイドンは、18世紀当時大バッハよりも有名だったC. P. E. バッハを大変尊敬していて、私はC. P. E. バッハから大きな影響を受けていると自身で語っています。主に中期の「シュトゥルム・ウント・ドランク(疾風怒濤)」といわれている感情表現の激しい作品など、影響は明らかですね。ベートーヴェンはハイドンの弟子でしたが、ハイドンから学んだものは何もないと言ったと伝えられています。しかし例えば交響曲第1番などはハイドンの影響なしには考えられませんし、やはりハイドンの音楽のエッセンスをはっきりと引き継いでいると思います。
--フレンチバロックのラモーの曲が組み込まれているのも今回の演奏会の特徴ですね。
C. P. E. バッハ以前の音楽をやりたかったのです。今年はラモー没後250年のanniversary yearですし、彼の作品の中で「ナイス」の序曲は比較的取り組みやすい曲です。シャコンヌについては、みんなシャコンヌという名前は知っていると思いますが、どんな舞曲かは知らないという人も多いでしょう。そこで、バロック時代のシャコンヌを取り上げたときにみんながどう感じるか、どういう学びをするかというのも面白いと思いました。
--ハイドンの交響曲には懸田さんからの提案でフォルテピアノが加わりましたね。
一連のロンドン・セットでは、フォルテピアノのソロ部分が出てきたり(98番)、初演時にハイドン自身がフォルテピアノを弾きながら通奏低音と指揮を担当したり、とぜひオーケストラの中にいてほしい鍵盤楽器なんです。しかも今回それ以外の曲目はチェンバロが入りますから、2台も通奏低音のための鍵盤楽器を使うという、採算のとれない通常の興行ではありえない(笑)超豪華版です。
--古い時代の曲を演奏するとき、ヴィブラートをかけずに弾くというやり方もありますが、それについてはどのように思われますか。
ノンヴィブラート奏法というのは、ガット弦だからかける必要がないと感じる、もしくは音楽に対して必要ではないと感じるからかけないという内的な動機があるものです。そのような内的必然がなく、単にヴィブラートをかけないで弾くというのは、あまり意味がないと思います。
--西洋音楽の歴史の浅い日本では、今回のような曲目が演奏される機会は必ずしも多くありませんが、ヨーロッパの事情はいかがでしょうか。
ヨーロッパでは、古い音楽とロマン派の音楽は対等にプログラミングされています。その点はやはり西洋音楽の伝統の違いでしょうね。アマチュアのオーケストラは採算にとらわれず冒険できるのだから、古い音楽や現代音楽にどんどん取り組んでいってもよいと思います。
--懸田さんのような古楽の専門家にご指導いただきながら取り組むことができる今回の企画は、ブルーメンが良い方向へ向かうきっかけとなる
有意義な演奏会になりそうです。このたびは貴重なお話をありがとうございました。